紅葉狩り

昨日リハビリ先の恒例行事で近くにある卯辰山(うだつやま)という所に紅葉狩りに行ってきました。展望台からは金沢の街が一望できる場所で、久しぶりに訪れましたね。

紅葉(黄葉)というと東京時代はショップの近くが神宮外苑でしたので、絵画館前に広がる銀杏並木が見物でしたが、金沢も負けてないくらいの銀杏並木が中心部の道路に続いていて、今が見頃となっています。漸くインバウンドの観光客も戻ってきて、街中に外国人観光客の姿も多く見かけるようになりました。

我が内灘も本来なら、延々と続く桜並木の紅葉が見応えあったんですが、地震の爪痕が未だに尾を引いて通行止めになり、不可で残念です。

 

とはいえ、みんな明るく前を向いて頑張っていますよ!

 

ちょいと驚いております。

なんか意味深なタイトルですが、最近分かったことがあります。

齢取ってくると、やたらと昔のことを思い出したりするようになってね、子供の頃の土の道とか、今の季節だとアケビやらサル梨やらキノコやらの山の幸を採りに出かけたこととか。小学校の冬はダルマストーブだったよな、とか(そのため、秋には学校総出で山で薪を集めたり、焚き付け用に茶色く枯れた杉の葉を拾ったりしたものです)。

新潟の山奥育ちでしたので、何故か中学に30m級のスキージャンプ台があったりしてね(その年の秋に長野に引っ越したので、恐怖は味あわなくて済みました)。

 

で、ここから本題なんですが、高校時代の先輩に後に『思い出がいっぱい』で大ヒットをとばしたH2Оの片割れがいまして、その先輩の甥っ子の奥さんが、なんと辻村深月さんだったんです。びっくりしますよね?

 

……ってオハナシでしたとさ、めでたしめでたし。

生きちょります。

元旦早々地震に見舞われまして、アタフタしていましたが、このあたりでは被害らしきものも殆どなく、能登方面の方々に申し訳ない気持ちでいっぱいです。

実際、死者も200名を超え(その中には幼い子供たちも含まれています)心が痛みます。

一日も早い回復を祈るのみです。

ご心配下さる声も届いております。ありがたく思っております。

まずは、無事のお報せまで……。

 

生きちょります。

元旦早々地震に見舞われまして、アタフタしていましたが、このあたりでは被害らしきものも殆どなく、能登方面の方々に申し訳ない気持ちでいっぱいです。

実際、死者も200名を超え(その中には幼い子供たちも含まれています)心が痛みます。

一日も早い回復を祈るのみです。

ご心配下さる声も届いております。ありがたく思っております。

まずは、無事のお報せまで……。